2015年10月11日

北米さん、歌姫の道

変換 〜 北米ミクサムズアップ.jpg
 彼女はアメコミ風ミク。
 またの名を北米ミク。
 初音ミクの一人である(注1

 彼女は、比較的裕福な中流の家庭に生まれ、幼少期には歌や楽器を習い、そのハスキーな声を活かしたオールドスタイルのジャズなどを好んだ。
 初音ミクにあるまじき身体の大きさに悩んだこともあったが、面倒見の良い性格で友人も多く、優しい両親のもと概ね幸せな子供時代を過ごした。

 長じて、その歌唱力をもって初音ミクグループ(注2 「電子の歌姫」に加入する。
 そのいかつい見た目のため、Lat式ミクをはじめとする主流メンバーとはならなかったが、いわゆるネタ枠としてしばしばテレビやネットに取り上げられた。

変換 〜 Lat式可愛いポーズ.jpg
〜〜 Lat式ミク (注3〜〜

 もとより北米ミクにはトップを獲りたいという欲はなく、仲間たちと共に活動するのを楽しんでいた。
「電子の歌姫」時代、彼女のジャズは周囲からは「ネタ」の一つとして扱われた。
 主にバラエティ番組などで、初音ミクにあるまじき男性的なルックスで笑いを取り、その後見た目に似合わぬ高い歌唱力を披露するのが、彼女の一つの持ちネタだった。
「電子の歌姫」の主要ファン層である中高生たちのほとんどは彼女のジャズを理解しなかったが、その親達にはそれなりのインパクトを残した。
 子供たちが夢中の初音ミクグループに、なにやらジャズのうまい娘がいる。
 北米ミクという名前まで記憶する人は少数だったが、しかしそのような認識を持った親たちが少なからず居た。
 それは、後の彼女にとって大きな意味を持つのだが、「電子の歌姫」としての人気にはあまり繋がらなかった。

 彼女が、いわゆる「センター」を取った事が一度だけあった。
 とあるバラエティ番組で、周りに人気のある可愛らしい初音ミク達を配し、センターで北米ミクが「天地魔闘の構え」をするという、これもまた笑いを取る形でのものだったが、彼女にとっては嬉しく、忘れ得ぬ記憶の一つとなった。
変換 〜 ミクたち天地魔闘の構え.jpg

 この時、北米ミクのセンターを無邪気に喜んだ初音ミクが居た。
変換 〜 XS可愛いポーズ.jpg
〜〜XS式ミク 通称はえっちゃん、しいたけなど。詳細は注4を参照のこと〜〜

 XS式ミクという。
 彼女は、ファンからは好意を込めて「アホの子」と呼ばれるほど無邪気な初音ミクで、他のミク達が熾烈なセンター争いをし、生き馬の目を抜くような初音ミク活動(注5 に明け暮れる中で、北米ミクの初センターを記念してプライベートなパーティを開こうと仲間たちに提案した。
 後に連続センター記録を作るLat式ミク(注6 をはじめとした人気初音ミクたちはそもそも自分のことで精一杯で、またネタ枠のセンターに価値を見出すこともなく、さらには仲間である以上にライバルである他の初音ミクを祝うという発想がなかったのだが、XS式ミクのあまりにも純心な提案に毒気を抜かれ、サプライズで北米ミクを祝うパーティを行った。
 これ以後、北米ミクとXSミクは絆を深め、親友の間柄となる。

 ネタ枠として居場所を得たものの、「電子の歌姫」メンバーとしてはあまりパッとしない。そんな北米ミクだったが、その立場に反して他のメンバー達からは慕われていた。
 彼女の真面目で落ち着いた性格と面倒見の良さが最大の要因だが、性格的にもルックス的にも自分たちの人気を脅かさない存在だったことが他のミク達を安心させたためでもある。
「電子の歌姫」時代、北米ミクはよく他のミクたちの相談を受けた。
 北米ミクは、それを通じて他の人気ミクたちが、人知れずどのような努力をし、不安を持ち、また何かを勝ち得た時にどれほど喜ぶのかを知った。

「電子の歌姫」として古株になってきた北米ミクは、そのような自分の立ち位置にあまり疑問を感じず、日々の仕事に没頭していた。
 しかし、そんな彼女の意識を一変する出来事が起こる。

 その純真で無邪気なキャラクターと可愛らしいルックスで人気を急上昇させ、正統派のセンターを狙える位置に居たXS式ミクが、激しいトップ争いのために心身をボロボロに疲労させた末、電撃的に「電子の歌姫」引退を発表したのである。

 XS式ミクの親友だと思っていた北米ミクにも、相談はなかった。
 そのことが彼女を激しく動揺させた。
 そして彼女はそれに関して、深く深く考えた。
 もしXS式ミクが自分に相談を持ちかけていたとして、私は引退を提案できただろうか。
 彼女の決意に水を差すようなことしか言えなかったのではないだろうか。
 自分は初音ミクたちの相談役を自認していたが、どれだけ彼女たちに親身になることが出来ていたのか。
 ただの自己満足だったのではないか。

 北米ミクは悩んだ。
 そして自分のことを自分自身に相談するようにして考えた。
 今の位置に安住していて良いのだろうか。
 私はもともと何がしたくて「電子の歌姫」に入ったのか。
 そしてそれを私は、「電子の歌姫」ですることが出来るのだろうか。

 私は。
 歌いたかった。大好きなジャズを。
 聴いてもらいたかった。私の歌を。
 電子の歌姫は、歌う場を用意はしてくれる。しかし、それは私の歌なのだろうか。
 私の歌うジャズは、ここでは北米ミクの歌ではなく「電子の歌姫」の歌であり、しかもネタの一つでしかない。
 それは、私が唄いたかった歌なのだろうか。

 北米ミクは、XS式ミクの後を追うようにひっそりと引退した。
 引退セレモニーなどはなく、彼女は静かに「電子の歌姫」から姿を消した。

 その後「電子の歌姫」は、さらなる躍進を続ける。
 華々しい活躍をするかつての同僚たちとは対照的に、「電子の歌姫」を引退した北米ミクの活動は地道で慎ましいものだった。

 北米ミクは、一人の歌手として地方のバーやライブハウスを転々とした。
 酔客や、歌を聞きに来る僅かなファンを相手に歌うのは、しかし彼女にとって充実を感じるものだった。
「電子の歌姫」の仕事が嫌いだったわけではない。
 しかし、今は自分の歌を聞いてくれる客との距離が近い。「電子の歌姫」のネタ枠としてではなく、北米ミクとして歌い、聞いてもらう事に、彼女はかつてない喜びを味わっていた。

 もちろん、辛いこともあった。理不尽だと思うことも多かった。
 そのような時には「電子の歌姫」の歌を聞いた。彼女たちの番組を見た。
 華々しい活躍をする彼女たちが、裏でどれだけの努力をしているか。我慢をしているか。北米ミクにはそれがよく理解できた。
 そして、それに比べれば好きにやっている自分がどれだけ恵まれているか、甘えているかを認識した。
「電子の歌姫」達に、彼女は勇気をもらい、自分の活動を続けた。

 北米ミクは最初、元「電子の歌姫」という肩書を名乗らなかった。
 自分が元「電子の歌姫」を名乗るのは「電子の歌姫サギ」だと周囲には言い、内心では自分の歌がまたしても「電子の歌姫」のネタ枠の歌として扱われるのではないかと恐れてもいた。

 ある日バーで歌い終わった後、とある年配の男性に話しかけられた。
 名前も知らないこの酔客の言葉が、彼女に一つの転機を与える。
 男性は、北米ミクのことを知っていた。
 北米という名前までは覚えていなかったが、男性の娘達が夢中になっている「電子の歌姫」に、ジャズの上手いミクがいた事だけはしっかりと記憶していた。
 彼は言った。
 自分のように、君のことを覚えている人は少なからず居るだろう。元「電子の歌姫」と名乗れば、それを思い出して聞きに来る人はかならず居る。
 「電子の歌姫」の活動だって、今の君を形作っている要素の一つだろう。それを名乗らないのは、昔の自分を否定し切り捨てる事ではないのかな。

 憑き物が落ちたように、と、言うほど、意識が変わったわけではなかった。
 しかし、心が少し軽くなって、元「電子の歌姫」と名乗っても別にいいか、と、思うようにはなった。

 そして次の日から、試しに元「電子の歌姫」と名乗った。
 その時には別に何も変わらなかった。
 歌は、やっぱり自分の歌だった。北米ミクの歌うジャズとして、みんな聞いてくれた。
 それからはずっと元「電子の歌姫」と名乗ることにした。

 変化は徐々に現れた。
 端的に言うと客が増えてきた。
 彼女のジャズを聴いた客が他の人に口コミで薦めたこともある。
 しかしそれ以上に、元「電子の歌姫」のジャズに心当たりがあり、ぜひライブで聞きたいと考えた年配世代が来るようになったのである。

 彼女の歌う場は、バーでの流しからライブハウスでの活動が主体となっていき、その規模もだんだんと拡大していった。
 地道な活動が実を結び始め、北米ミクは実力派のジャズの歌姫として知られていくようになった。

 数年後。
 北米ミクはスポンサーを得、単独でのコンサートを開くまでになった。
 初のコンサートでチケットは5000枚を完売し、テレビやネットでの放送も決まった。

 そのコンサートでは、あの名前も知らない年配の男性と話した日以来初めて、北米ミクは元「電子の歌姫」の肩書を名乗らなかった。
 過去を切り捨てたわけではない。
 しかし、その肩書は北米ミクにとって、もはや必要なものではなくなっていた。

 観客にはLat式ミクをはじめ、「電子の歌姫」メンバーも数人来ていた。

 観客たちを前に、司会の結月ゆかりが北米ミクのプロフィールを読み上げる。
 そしてコンサートの幕が上がった。
 
 北米ミクがスポットライトを浴び、ジャズの名曲を歌い始める。

 感動が、静かにホールに広がっていった。

「電子の歌姫」引退後に結婚し、子供を設けていたXS式ミクは、その日、舞台袖で北米ミクの歌を聞いた。
 彼女の役目は、北米ミクに花束を渡す事。
 北米ミクには内緒の、サプライズ企画。
 きっと喜んでくれる。
 北米ミクと親交を深めたあの時のサプライズパーティを、彼女は思い出していた。

 北米ミクの歌は、まだ終らない。続きを読む
posted by ロキ at 22:02| Comment(0) | 駄文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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